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松山地方裁判所 平成7年(わ)316号 判決

主文

被告人Aを懲役二年に、被告人Bを懲役二年に、被告人Cを懲役二年に各処する。

この裁判が確定した日から三年間被告人ら三名の右各刑の執行を猶予する。

押収してある回転弾倉式けん銃一丁(平成七年押第六五号の1)を被告人A、被告人Bから、自動装てん式けん銃一丁(同押号の2)を被告人三名からそれぞれ没収する。

理由

(罪となるべき事実)

被告人三名は、法定の除外事由がないのに

一  被告人A及び被告人Bは共謀の上、平成七年四月二二日ころから同年一〇月一三日までの間、松山市若草町七番地愛媛県警察本部第二庁舎三階銃器薬物対策室別室ロッカー内等において、回転弾倉式けん銃一丁(平成七年押第六五号の1)を所持した

二  被告人A、被告人B及び被告人Cは共謀の上、同年五月二六日ころから同年一〇月一四日ころまでの間、前記ロッカー内等において、自動装てん式けん銃一丁(同押号の2)を所持したものである。

(証拠の標目)《略》

(法令の適用)

被告人Aの判示一及び二の各所為は、包括して刑法六〇条、銃砲刀剣類所持等取締法三一条の三第一項、三条一項に、被告人Bの判示一及び二の各所為は、包括して刑法六〇条、銃砲刀剣類所持等取締法三一条の三第一項、三条一項に、被告人Cの判示二の所為は、刑法六〇条、銃砲刀剣類所持等取締法三一条の三第一項、三条一項にそれぞれ該当するところ、その所定刑期の範囲内で被告人Aを懲役二年に、被告人Bを懲役二年に、被告人Cを懲役二年に各処し、情状により刑法二五条一項を適用してこの裁判が確定した日から三年間被告人三名に対し、それぞれの刑の執行を猶予することとし、押収してある回転弾倉式けん銃一丁(平成七年押第六五号の1)は判示一の犯行を組成したもの、押収してある自動装てん式けん銃一丁(同押号の2)は判示二の犯行を組成したもので、いずれも何人の所有にも属さないから、刑法一九条一項一号、二項により回転弾倉式けん銃については被告人A、被告人Bから、自動装てん式けん銃については被告人ら三名から没収することとする。

(弁護人の主張に対する判断)

いずれの被告人の弁護人も、本件各けん銃を被告人三名が判示の形態でそれぞれ所持していたことは認めながら、その所持は法定の除外事由があるものであって違法ではなく、仮に違法であったとしても、被告人三名には違法性の認識がないから、いずれの被告人についても犯罪が成立せず無罪である旨主張し、被告人三名も、第一回公判においては、公訴事実そのものを外形的に認める供述をしながら、その後の被告人質問においては、右弁護人の主張と同様の供述をして、本件各けん銃の所持はいずれも違法なものではなかったと弁解する。

以下、当裁判所が判示の事実を認定し、被告人らのけん銃所持が違法であることを認定した理由を簡単に説明する。

第一  前掲証拠によれば、被告人らが本件各けん銃を入手した経緯について、大要以下のとおり認められる。

一  回転弾倉式けん銃(平成七年押第六五号の1)について

被告人Aは、覚せい剤事件の捜査をする際に協力者として使用していたD子から、同人がE子に覚せい剤を譲渡するという情報を入手し、被告人Bの承諾を得た上で、発足して間もなかった銃器薬物対策室の実績にしようとして右E子の覚せい剤事件を立件したところ、逮捕した右E子から譲渡人としてD子の名前が出てしまった。

この立件は、右E子の口が固くD子の名前が出ないことが前提になっていたのであるが、D子の名前が出てしまったため、D子についても捜査をせざるを得ない状況になった。しかし、D子を覚せい剤事件の協力者として使用し続けるためには、D子については事件として立件することもできなかった。

このことから、被告人Bが被告人Aに、D子の事件を立件しない見返りにD子にけん銃を出させられないかと指示した。

被告人Aは、これをD子に依頼し、D子はFに、FはGに順次依頼した上で、D子自身が六〇万円をGに送金して、Gからけん銃を宅急便によって送ってもらうことにした。そして、D子はその旨を被告人Aに連絡し、被告人Aがその宅急便を受け取り、本件回転弾倉式けん銃を入手した。

二  自動装てん式けん銃(平成七年押第六五号の2)について

銃器薬物対策室は新設の部署であり、銃器、薬物を取り締まる県内唯一の専門の部署でもあったことから、日頃から、室長補佐であった被告人B以下の室員が検討会を開くなどして、捜査情報の検討を行っていたが、被告人Cは平成七年三月の終わり頃の検討会の席上、暴力団周辺者からけん銃を出させると思うので、その工作をする旨発案し、賛成も得ていた。被告人Cはその者の賭博関係の事件を立件しない見返りにけん銃を出させるつもりであったが、その者にけん銃の提出を断られてしまった。そこで、道路公団から自宅の立退料としてもらっていた金額のうちの二〇〇万円を使用して、けん銃を入手しようと考え、金の出所は伏せたままで、被告人Bの了承を得て、三丁のけん銃の入手をD子に依頼することとなった。

D子からは三丁のけん銃の入手ができたが、うち一丁はおもちゃであり、二丁が真正けん銃であった。

この三丁は、D子が、Hに、HはIことJに順次依頼し、Hが三丁のけん銃を入手した上で、これらをD子に手渡し、D子が被告人Aに手渡したものである。

右代金は、E子が被告人Aから前記の二〇〇万円を預かった上で、J名義の口座に一五〇万円を振り込んで入金した。なお、残りの五〇万円はD子が自分のものにして費消した。

三  被告人らが本件各けん銃を入手したのは、いずれも、これらのけん銃を将来被疑者不詳のいわゆる首なしけん銃として押収し、けん銃検挙件数を増加させるためのものであった。

しかし、この年は他の警察署が多数のけん銃を押収していたため、専門部署としての銃器薬物対策室が三丁ばかり押収したとしても、印象が弱いと考えたため、対策室が予備の証拠品庫(証拠品庫と呼称していたものの正規の証拠品の保管には室長の後ろのロッカーが使用されていたので、必ずしも正規のものではない。)として使用していたロッカーに保管していたところ、このうちの自動装てん式けん銃が大阪において過去に犯罪に使用された、いわゆる事故銃であったことが、大阪府警からの連絡で判明した。そこで三丁のけん銃について、被告人らがそれぞれ隠匿、隠滅工作をしたため、本件起訴にかかる二丁のけん銃は発見押収されたものの、被告人Bが分解し、一般ゴミに混入して投棄したとされるけん銃は現在に至るも未だに発見されないままの状況にある。

第二  以上の事実関係を前提に本件の違法性について、当裁判所の判断を説示する。

一  けん銃の入手経過の違法性について

1 平成三年に銃砲刀剣類所持等取締法(以下「銃刀法」と略称する。)が改正されたが、この改正によりけん銃を社会から駆逐するという行政的な取締り目的が加わったこと自体は否定できないが、改正銃刀法自体は未だいわゆるオトリ捜査を一般的に認めてはおらず、被疑者の自首による刑の減免を認めるに止まっている。

このことに照らすと、銃刀法は、その改正後もけん銃所持等のけん銃事犯は依然として、刑事的に取締りの対象となる犯罪であることを前提にしており、自首があった場合にはその者の刑罰面について考慮を加えることにとどめているものといえる。

とすると、けん銃そのものの押収手続きは、刑事事件における、通常の刑事手続きによるべきものと考えるほかない。

2 とするならば、本件各けん銃の入手経過は前記第一に要約したような形態であって、その経過はおよそ通常の刑事事件における押収手続と呼ぶにはほど遠いものであるから、被告人らによる本件けん銃の入手形態が違法であることは明らかである。

3 被告人らは、全国の警察においては、本件と同様に他の事件を立件しない代わりにけん銃を提出させるような捜査手法や押収手続が一般化していたと主張するが、そのような捜査手法等が一般化していたと認めるだけの証拠はないし、かりに、一般化していたとしても、一般化していたことを理由にしてそのような押収手続きが正当化されるものではないこともまた明らかである。

二  目的の正当性による違法阻却の主張について

次に、弁護人らは、けん銃入手経過が違法であっても、被告人らは本件各けん銃を他の犯罪の凶器として使用するために取得したものではなく、結果としてけん銃は社会から駆逐されており、本件各けん銃も将来首なしけん銃として押収手続をとる予定であったのであるから、目的としては正当であって、正当行為ないしは正当業務行為として違法の評価は受けない旨主張する。

1 本件における被告人らの目的は、銃器薬物対策室としての押収実績をあげるためのものであったことは認められ、そのこと自体は目的として不当なものであるとまではいえない。

2 入手経緯については前記第一に要約したとおりであって、それが違法であることは前述のとおりである。

3 本件は、けん銃取得の目的それ自体他の犯罪の凶器として使用するという不当なものといえないのは明らかであるが、その目的を実現する手段、経過が前述のとおり違法なものであるから、将来の違法捜査抑制という見地に照らして看過できないものであり、かような場合にはその行為はやはり違法の評価を受けなければならないことは、憲法三一条や捜査に関する刑事訴訟法の諸規定に照らして明らかである。本件の場合も各けん銃の入手経過は前記のとおり違法であり、目的が不当ではないことをもって、この違法性が阻却される場合には該当せず、右主張は理由がない。

三  違法性の認識について

被告人らは本件が発覚しそうになると、当初予定していた首なし銃としての立件という手段を取らず、かえって、隠匿、堙滅工作を行ったものであって、このことは、被告人らが、本件各けん銃の所持が正当なものではないことを認識していたことを示す証左といえる。

したがって、被告人らには違法性の認識があったことは明らかである。

四  以上の次第であって、被告人らによる本件各けん銃の所持は刑事法上違法なものであり、その違法性を被告人らが認識していたことも明らかである。

かくして本件が違法でないなどという弁護人の主張は採用し得ない。

(量刑の理由)

本件は、被告人らが共謀の上、けん銃二丁を違法に所持していたという事案であるところ、該けん銃はいずれも真正けん銃であって、うち一丁は覚せい剤事件をもみ消すかわりに敢行されたものであり(判示一)、他の一丁は警察官が結果として暴力団に資金を提供したような形になっており(判示二)、いずれも犯情は悪い。

そして、本件はいずれも現職警察官が敢行したものであって、社会に与えた影響も無視し得ない。また、本件が発覚しそうになると、被告人らはけん銃の隠匿、隠滅工作を行い、うち一丁は未だ発見されていないものであって、被告人らの刑事責任はそれだけ重いと言わざるを得ない。

しかしながら、被告人らはいずれもすでに警察官の職を懲戒免職されていることや本件によって逮捕・勾留・起訴されたことによって再就職もままならない状況にあること、本件公判の手続において反省の弁を述べていること、これまで警察官として社会に貢献してきたと認められること、けん銃保管の客観的状況に照らしても被告人らが本件のけん銃を他の犯罪に使用する意図を全く有していなかったこと等の被告人にとって有利ないし同情すべ事情も見受けられる。

右の事情に加えて、本件は、警察組織のために良かれと思ってなした行為の度が過ぎたものであって、被告人らは、マスコミ受けを狙った検挙件数至上主義に陥りがちな警察の体質における、一種の被害者であるともいえる。そして、被告人らの公判供述に照らす限り、被告人らだけを本件で処罰すればそれで事足りるというものではない。

本件を職務熱心の余りの行為であるとの評価もないではないが、本来かような違法行為はそれ自体その職務に関する社会的な信頼を失墜させるものであり、職務に対する冒涜にほかならない、というべきである。

以上の諸事情のほか諸般の事情を考慮し、被告人らは、すでに十分な社会的制裁を受けていると認められるので、被告人らに対しては実刑を科すまでの必要はなく、その刑の執行を猶予するのが相当である。

よって、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 田村秀作 裁判官 杉田友宏 裁判官 釜元 修)

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